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インタビュー

―見えない学びのプロセスをどうデザインするか​~専門家と探る、人財育成の次世代スタンダード~
-「人を育てる力」と「学びの質保証」の最前線-

【第1回】生成AI時代に「学びのプロセス」に光をあてる理由

2026年10月7日

生成AIの急速な普及により、私たちの「学び」や「働き方」は大きな転換点を迎えています。

一般社団法人ラーニングプロセスデザイン協会(LPDA)では、この変化の激しい時代において、いかにして「見えない学びのプロセス」を可視化し、価値あるものにしていけるかを探求していきます。
本連載では、当協会のアドバイザリーボードメンバーをお迎えし、それぞれの専門分野からこれからのラーニングプロセスデザインについて語っていただきます。

​

今回は、学術的な教育工学・インストラクショナルデザイン(ID)の知見と、企業における人財育成の実践知を融合し、これからの時代に求められる「学びの場」のあり方を探る連続インタビューです。

教育工学者の千葉工業大学の高橋暁子教授をお迎えし、LPDA代表理事であり、民間企業サンライトヒューマンTDMC株式会社(SLH)にて数多くの人材開発・現場支援を手がける森田も参加し、理論・組織・実践の3つの視点から深く語り合います。

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――Profile――
高橋 暁子 教授 (千葉工業大学 情報変革科学部 認知情報科学科)

博士(学術)(2012年3月 熊本大学)

修士(教授システム学)(2009年3月 熊本大学)

岩手県立大学ソフトウェア情報学部卒業。熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻博士前期課程修了、修士(教授システム学)。同大学院博士後期課程修了、博士(学術)。熊本大学大学院自然科学研究科附属減災型社会システム実践研究教育センター研究員、徳島大学総合教育センターICT活用教育部門特任准教授を経て、

現在は千葉工業大学情報変革科学部認知情報科学科教授。オンライン教育を中心とした教育設計の実践的研究に従事している。
研究分野は、教育工学・インストラクショナルデザイン。

【インタビュアー】

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森田 晃子(LPDA 代表理事 / サンライトヒューマンTDMC株式会社 代表取締役)

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山道 弘信(LPDA事務局)

目次

1. 成果物だけでは測れない「学びのプロセス」
2. 二極化する学習者と「認知的オフローディング」の罠
3. プロセスを評価し、伴走するためのアプローチ
4. 社会人における「学び」:自分で課題をセットできるか

成果物だけでは測れない「学びのプロセス」

1.

山道:高橋先生、本日はお時間をいただきありがとうございます。LPDAでは、このたびウェブサイトの刷新に合わせて、新たに「見えない学びのプロセスに光をあてる」というビジョンを打ち出しました。教育工学やインストラクショナルデザイン(ID)をご専門とされ、長年「学びの場づくり」を探求されてきた高橋先生の目から見て、このビジョンにはどのような意義があるとお感じになりますか? 
​
高橋:事前に新しいビジョンを拝見したときから、「今の時代にまさに必要な、本当に大切なテーマだ」と深く共鳴していました。 
少し大学教育の現場で起きている文脈からお話しすると、いまアカデミアの世界では「生成AIの急速な普及によって、アウトプット(成果物)だけでは学生の学びや実力を評価できなくなっている」という極めて深刻な問題に直面しています。 
例えば、学生から提出されたレポートや論文、あるいはプログラミングのコードといった「成果物」の出来栄えだけを見ても、それが本人の頭で考えて紡ぎ出されたものなのか、それとも生成AIに適切なプロンプトを投げて一瞬で出力させたものなのか、教員側からは区別がつきにくくなっているのですね。学習成果の出来の良さや妥当性はもちろん重要ですが、そこに至るまでに本人がどういう学びを重ねてきたかという「プロセス」を丁寧に可視化していかないと、評価ということ自体が成り立たなくなっているのが今の現実です。

​
森田:まさに、私どもが普段コンサルティングなどの現場で企業の人事・育成担当者様とお話ししていても、まったく同じ課題意識を耳にします。「研修の提出課題がAIで作れてしまうため、本当に本人のスキルが身についたのか分からない」「成果物の表面的な出来栄えだけでは、社員の真の試行錯誤や理解度が判定できない」という戸惑いの声が増えていますね。

山道:なるほど。成果物だけでは分からなくなってきていると。成長のプロセスそのものを可視化し、本人はもちろん教育者や周囲も理解しなければならないということですね。 
 
高橋:そうですね。まずは「見える化」です。教育機関であれば教員がそのプロセスを評価していきますし、社会人であれば職場の上司や同僚が、本人の学びや成長がどう積み重なっているかを、ブラックボックス化せず、見える化する必要があります。 
業務の効率化という意味で生成AIを活用すること自体は、決して悪いことではありません。しかし、目に見える「業務上の成果や成果物のデキ」だけを評価軸にしてしまうと、その人がそこにたどり着くまでにどう問いを立て、どんな思考の壁にぶつかり、それをどう試行錯誤して乗り越えたのかという「成長のプロセス」が不可視化されてしまうのです。 
本人の本当の意味での成長や次なる学びへと繋げていくためには、目に見える成果物だけでなく、「目に見えない学びのプロセスを丁寧に可視化し、支援していくこと」が、これからの教育・人財育成において不可欠になると強く感じています。

 

2.

二極化する学習者と「認知的オフローディング」の罠

森田:学生さんは、自分自身の「学びのプロセス」をどのように認知しているのでしょうか? 私たち大人も、AIに聞いて返ってきた答えを「自分があたかも考え出したかのように錯覚して一体化」してしまうことがありますよね。若い人ほど、区別がつかないまま「プロセスを踏んでいる」と錯覚しがちなのでしょうか。現場の学生さんたちを見られていて、そのあたりをどう感じられますか?

高橋:これは本当に個人差が大きいと感じています。驚くほどはっきりと「二極化」が進んでいますね。 
一方の極にいるのは、AIの回答と自分の思考が完全に「一体化」してしまっている学生たちです。生成AIに丸投げして出てきた答えを、何の疑いもなく自分の解答として提出してくる。「これ、どうやって書いたの?」と尋ねると、「生成AIを使いましたけど、自分で考えました」と自信満々に答えるのですね。恐ろしいのは、嘘をついているのではなく、「自分の頭で悩み、思考する」というプロセスを丸ごと飛ばしてしまっていること(自分の頭を使っていないこと)自体に、本人すら気づいていないという点です。 


山道:自分の思考プロセスを認知できていないわけですね。 

高橋:教育工学や認知心理学の世界には 「認知的オフローディング(Cognitive Offloading)」という概念があります。
人間は本質的に、脳の認知負荷を減らそうとする生き物です。電卓を使うように、思考や文章作成という脳の負担を外部(AI)に丸投げして外部化してしまう現象ですね。 
単純作業の効率化なら良いのですが、本来「自分が脳に汗をかいて悩み抜くべき思考のプロセス」まで外部化してしまうと、学習者の能力としての成長には一切繋がりません。 
一方で、もう一方の極にいる学生たちは、AIを非常にスマートに、意図的な「思考の道具」として使いこなしています。自分のアイデアの壁打ち相手にしたり、考えをブラッシュアップさせるために使ったりする。さらに興味深いのは、「このプログラミングのロジックは、自分で苦労してコードを書かないと自分の成長にならないから頼らない」というように、あえてAIを使わない選択を自分の意思で取れることです。自分の学びのプロセスを自らコントロール(自己調整)できているのですね。

3.

プロセスを評価し、伴走するためのアプローチ

山道:教える側として、プロセスを認知できていない学生や、全然考えていないじゃないかと思える学生に対しては、どのように問いかけ、プロセスを引き出していけば良いのでしょうか。 

高橋:やり方としては大きく2つの具体的なアプローチがあると考えています。 
1つ目は、一見すると非常にアナログで手間がかかるように思える「直接の対話(口頭試問)」です。対面でもオンラインでも、書かれていることに対して「これについてどう思う?」と問いかけ、自分の言葉で語らせる。対話を何ターンか重ねれば、専門家である指導者なら「あ、この人は理解して使っているな」「ここは言葉をなぞっているだけだな」というのがすぐに把握できます。 
2つ目は、「生成AIとの対話履歴(プロンプトから応答までの一連の流れ)をそのまま提出させる」という方法です。 
最初に何を問い、AIから何が返ってきて、自分がどう応答したかというフルログを出させたり、最終成果物のどの部分にAIの応答が反映されているかを明記させたりします。 


森田:まさにプロセスを表に出させるわけですね! 
これは企業でも、1on1の時に「この企画書を書くとき、AIにどんな問いを投げて、どうブラッシュアップした?」とそのプロセス(試行錯誤の軌跡)を対話のフックにすることにそのまま使えますね。
成果物(アウトプット)だけを見れば良かった従来と比べて指導側の難易度は上がりますが、問いを立てる力や出てきたプロセスを見極める力など、指導者の力量が問われますね。 


高橋:そうなんです、非常に難しいですね。生成AIの利用を一概に批判もできませんし、道具としてうまく使ってもらえればいいと思います。ただ、効率重視でいかずに、自分の成長のために多少苦労したり回り道したり、うまくいかないことがあっても耐えながら「頭に汗をかいて頑張り抜く力」を引き出すことがどうしても必要です。 
そして何より重要なのは、「学びの最終的な責任は学習者本人にある」ということです。ですが、一人で走るのは辛いですよね。だからこそ指導者は、学習者が迷った時に専門性を活かして相談に乗り、致命的な失敗だけは避けるように「その方向はちょっと的外れだよ」と示す『ガードレールのような学びの伴走者』であるべきです。本人が安全に自分の足で走り抜くための環境と対話をデザインすることこそが、今求められている人間の役割なのだと思います。

 

4.

社会人における「学び」:自分で課題をセットできるか

森田:いま高橋先生とお話ししていて、私たちが企業のコンサルティングをする中で感じている課題と強く結びつきました。
学生時代の学びというのは、課題が与えられてその答えを探すことが中心でした。ですが、私たちが考える社会人の学びとは、まさに「課題解決そのもの=自ら課題をセットすること」なんですよね。
新人時代は課題を与えられますが、中堅やマネジャーになると課題は与えられなくなります。その途端に自分で学べなくなってしまいます。良いAIの使い方をしている人は自分の中にぼんやりとした仮説や課題感があるからAIと壁打ちして成果を出せますが、課題がセットできない人はAIがあっても学べません。


山道:なるほど。学びの責任は自分にあり、自分が気づかなければなりませんね。しかし現場では、指示された課題をこなすことはできても「自ら課題(仮説)をセットし、問いを立てる」ことができない学習者が多いという事ですね。
自ら問いを立てて深めていける学習者を育てるには、どのような環境が必要なのでしょうか。 


高橋:実は、そうした環境づくりのヒントとして、私が注目している非常にユニークな小学校の実践事例(伊那小学校)があるんです。次回はそちらを詳しくお話ししますね。 
 

■ 参考文献・参考資料

・鈴木宏昭 私たちはどう学んでいるのか 創発から見る認知の世界,ちくまプリマ―新書(2022)

© 2026 Learning Process Design Association

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