お役立ちコラム
―見えない学びのプロセスをどうデザインするか~専門家と探る、人財育成の次世代スタンダード~
【第3回】 生成AIとWPL(職場学習)
~現場に溶け込む学習環境デザイン~
2026年7月27日
生成AIの急速な普及により、私たちの「学び」や「働き方」は大きな転換点を迎えています。
一般社団法人ラーニングプロセスデザイン協会(LPDA)では、この変化の激しい時代において、いかにして「見えない学びのプロセス」を可視化し、価値あるものにしていけるかを探求していきます。
本連載では、当協会のアドバイザリーボードメンバーをお迎えし、それぞれの専門分野からこれからのラーニングプロセスデザインについて語っていただきます。
東京通信大学教授の加藤泰久先生をゲストにお迎えしました。加藤先生は、NTTの研究機関等で長年eラーニングや教育システムの開発、UX/サービスデザインに従事され、現在は「AIを活用した学習環境デザイン」や「学習意欲デザイン」を研究されています。加藤先生の歩みとLPDAの設立理念を重ね合わせ、「学びのプロセスをデザインする」ことの本質について伺いました。

――Profile――
加藤 泰久 教授 (東京通信大学 情報マネジメント学部)
京都大学大学院工学研究科修士課程修了、スタンフォード大学大学院教育学研究科修士課程修了、熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程修了。博士(学術)。1990年日本電信電話株式会社情報通信研究所入社。音声処理・教育・検索システム等の研究開発に従事。NTTラーニングシステムズにおいてスマホ・タブレットを対象とした教育サービスManavinoのシステム開発・運用を担当した後、UX/サービスデザインの研究開発、産学連携の推進業務を担当。2018年4月より東京通信大学教授、2022年4月より同情報マネジメント学部長(現在に至る)。
研究分野は、ICTによる学習支援・学生支援・情報環境デザイン・学習環境デザイン。
目次
1. 職場学習のリアル:なぜ「文脈(コンテキスト)」がすべてなのか
2. リモートワークが奪った「周辺」と、言葉の裏のコンテキスト
3.「遊び」の原理で解き明かす、AI時代の仕事と学び
4. プロセス評価の未来像と、人間が磨くべき「トリプルスキル」
5. おわりに:過渡期の時代に「プロセスと文脈」をデザインする
職場学習のリアル:なぜ「文脈(コンテキスト)」がすべてなのか
1.
――第1回、第2回では、研修における「学習意欲」や「見えないプロセスの可視化」について伺いました。最終回となる今回は、より日々の業務そのものに直結する「職場学習(WPL:Workplace Learning)」 に焦点を当てたいと思います。現場での人財育成を成功させる上で、今何が最も求められているのでしょうか。
職場学習において最も重要なのは、その場の「文脈(コンテキスト)」です 。これまでの企業教育は、人事部が用意した一律の研修を現場に提供する形が主流でした 。しかし、実際の効果的な学びというのは、日々の業務のなかで突発的に、かつ個別具体的に起こるものです 。どれほど優れた育成プログラムを外から持ってきたとしても、「本人が全くやる気のないタイミング」だったり、現場の状況に合っていなければ、うまく噛み合いません 。職場学習が機能するかどうかは、現場の中でいかに「成果に結びつく経験学習を回していくか」にかかっており、それを動かすのが現場のキーパーソンやマネージャー、そして共有されている「文脈」なのです 。
2.
リモートワークが奪った「周辺」と、言葉の裏のコンテキスト
―― 「文脈」という視点において、インタビューのなかで山口周さんの著書『コンテキスト・リーダーシップ』に触れられていました。現代の職場環境の変化は、この文脈共有にどのような影響を与えているのでしょうか。
職場における「コンテキスト共有の難易度」は、リモートワークの普及によってかつてないほど高まっていると感じます。
私たちはこれまで、人事部が用意した研修のような「意図された学習の場」だけで育ってきたわけではありません。オフィスにいれば、わざわざ会議を設定しなくても、自然と耳に入ってきた上司同士の雑談や、先輩が後輩に与えているトラブル対応のアドバイス、プロジェクト全体の「熱気」や「緊迫感」といった、非言語的で偶発的な情報がたくさんありました。現場の人間は、そうした日常のやり取りから仕事の背景(コンテキスト)を自然と吸収していたわけです。しかし、リモートワーク画面の『ボタン一つ』で繋がる世界になると、このちょっとした雑談や周囲の様子といったグラデーションがバッサリと切り落とされてしまいます。
――山口周さんの著書でも、まさにその現象について、レイヴとウェンガーが提唱した「正統的周辺参加(LPP)」という概念を引用して説明されていましたね。新人が組織の『周辺的な関わり』の中から、目と耳を通じて全体の文脈を学び、徐々に中心へとシフトしていくプロセスが、リモートワークによって喪失している、と。周辺の文脈が見えなくなることで、上司と部下のコミュニケーションにもズレが生じやすくなります。
そうなんです。まさに山口さんの本にある象徴的な例ですが、「同じ言葉を発しても、背景にあるコンテキストによって捉え方が真逆になる」という現象が起こります。
上司が部下に「この件は君に全部任せるよ」と言ったとします。日頃からオフィスなどで密に背景や信頼関係という「コンテキスト」が共有されていれば、部下は「自分は信頼されて仕事を任されているんだ」とポジティブに受け止め、主体性を発揮します。しかし、文脈が見えない、断絶された状態のまま全く同じ「全部任せるよ」という言葉(テキスト)を画面越しに投げかけられると、部下は「自分は放任されている、見捨てられているのではないか」という強い不安や不信感を抱いてしまう。言葉そのものは100%同じなのに、です。
――テキスト(言葉)が同じでも、コンテキスト(文脈)の有無で、学びの環境にも関係性にも決定的な差が生まれるわけですね。
その通りです。だからこそ、これからのリーダーは、かつてのように『自然に伝わること』を期待するのではなく、意識的にコンテキストを『編集』し、チームに共有する役割を担わなければなりません。
ただ、「AIを導入すれば勝手に文脈が共有される」わけではないということです。 リモートワークによって散逸しがちなチャットのログやドキュメントの背景、過去の経緯といった情報を、人間が扱いやすいように整理・構造化する段階において、AIを「良きアドバイザー」や「補助輪」としてどう組み込むか。リーダーが言葉の裏にある『信頼の文脈』を人間中心の関わりで行き渡らせるために、テクノロジーをどう補助的に活用していくかという、私たちの側の『学習環境デザイン』が今、まさに問われているのだと思います。
3.
「遊び」の原理で解き明かす、AI時代の仕事と学び
――生成AIによって、あらゆる業務の「効率化」が進んでいます。しかし先生の資料を拝見すると、ロジェ・カイヨワの「遊びの4原理」を学習設計に取り入れるなど、あえて「遊び」の重要性を説かれていますね。効率化の進む現場に、なぜ「遊び」が必要なのでしょうか。
AIを単なる「効率化の道具」や「答えを出してくれる機械」として使うだけでは、人間の仕事や学びは劣化してしまいます。これからの時代、「右から左に情報を流すだけの人はいらない」わけです。その人でなければ生み出せない何らかの付加価値をつけて流すようなフローにならないと、人間の価値が出てこない。
AIを、人間の思考を一段上に引き上げるための「遊び(探索)のパートナー」として捉えて進めることが、これからの学習環境デザインの鍵になります。カイヨワが提唱した「競争(アゴン)」「偶然(アレア)」「模倣(ミミクリ)」「眩暈(イリンクス)」の4つのレンズを、私なりに現代の職場学習に引きつけて解釈すると、職場学習に新しい生命を吹き込むことができます。
● 競争(アゴン)
AIと企画の切り口を競い合ったり、AI同士の議論に審判として介入したりすることで、己の知性を磨き、付加価値を生み出す体験です。
● 偶然(アレア)
検索するたびに、AIがその時の現場の文脈に合わせて知識を編み直してくれる「創発的な体験」は、予期せぬ発見の面白さを学びにもたらします。
● 模倣(ミミクリ)
ロールプレイAIを通じて顧客の立場になりきり、虚構の世界に没入する体験が、深い他者理解や文脈の察知力を助けます。
● 眩暈(イリンクス)
あえて情報の整理整頓を崩し、ユーザーの固定観念や知性を心地よく揺さぶる演出。効率化の先にある「深く考える喜び」を取り戻すための仕掛けです。
リーダーがチームの「舞台装置」を整える存在であるならば、職場の業務プロセスの中にこうした「知的な遊び」の要素をハイブリッドに設計していくことも、優れたリーダーシップであり、現代的な学習環境デザインだと言えます。
4.
プロセス評価の未来像と、人間が磨くべき「トリプルスキル」
―― アウトプットが生成AIによって容易に手に入る時代において、職場では人間をどう評価し、私たちは何を身につけるべきなのでしょうか。
最も変えなければならないのは、最終成果物(アウトプット)の美しさだけで評価する文化です。
結果だけで評価される環境では、人間は失敗を恐れてAIの出した無難な正解を右から左へ流すだけになり、挑戦が阻害されます。先ほど述べた「放任されている」という不安も、自分の「試行錯誤のプロセス」が上司に見られていないことから生じるものです。
ただ、ここで誤解してほしくないのは、「感情の揺れや、裏側ですさまじい試行錯誤を繰り返しているプロセスを、テクノロジーが自動的にすべて拾い上げて評価してくれる魔法のような環境」が、今すぐ手に入るわけではない、ということです。技術的にはまだこれからの領域ですし、一歩間違えれば「監視」になりかねない危うさも含んでいます。
だからこそ、私たちはそれを「監視」ではなく、温かい「見守り」のシステムとしてどう実装できるか、という『今後のデザイン(設計)』を議論しなければなりません。例えば、カメラを通じて「この瞬間に表情が動き、真剣に考え始めたな」という感情の揺れを見守る研究もおこなわれていますが、これはあくまで未来の学習環境のグランドデザインを描くためのステップです。当然ながら、こうした技術の実装には、本人の同意、プライバシーの保護、データの利用目的の透明性といった倫理的な設計が大前提になります。
こうしたプロセスをポジティブに価値化する評価のあり方を、私たちがこれから現場に実装していくことができれば、口が上手い表面的な人だけでなく、裏側で泥臭く着実にスキルを積み上げている「真の実力者」に光を当て、正当に評価できるようになるはずです。
AI時代には、何かをゼロから「作成する」業務から、集まった情報やAIの提案を精査する「キュレーション(目利き)」へと仕事の本質が移行します。そこで人間に求められる力を、私は「トリプルスキル」と呼んで整理しています。
1. 問いを立てる力: AIに安易な答えを求めるのではなく、AIと共に深遠な「問い」を楽しむ力。
2. 妥当性の評価力: AIのアウトプットの背景にある文脈を理解し、その質を厳しくジャッジする「目利き」の力。
3. 決断を下す力: 最終的な「意志」と「責任」を持って決断を下す力。
これらの力を支えるのが、経営学などで議論されてきた「文脈的知能(CI: Contextual Intelligence)」です。過去の経験や自社の価値観、そして『こうありたい』という望ましい未来を統合し、不確実で曖昧な状況下で適切な影響力を行使するための知的な枠組み。これこそが、現時点でAIに代替されにくい領域であり、次世代のリーダーシップの核心となります。
5.
おわりに:過渡期の時代に「プロセスと文脈」をデザインする
――3回にわたるインタビュー、本当にありがとうございました。最後に、本連載の締めくくりとして読者へのメッセージをお願いします。
私たちは今、まさに長い「過渡期」の入り口に立っています。3ヶ月前の常識が通用しないほど技術の進化スピードは凄まじいですが、だからこそ特定のツールに依存したり、テクノロジーが勝手に解決してくれるのを待つのではなく、「何のためにこの技術を導入し、どのような人間的成長を目指すのか」というデザイン(設計図)の言語化を、私たちが主導して怠らずにやり続けることが重要です。
経営のデザインという視点でも、丸井グループのように「利益だけを追うのではなく、社員がいかにフロー状態で幸せに働けているか(ウェルビーイング)」を指標に置くような、人間中心の変革が始まっています。個人の挑戦を組織の文脈が阻害しない仕組みを整え、社員がハッピーで自律的に学んでいる状態を作れば、利益にもつながりうる、という考え方です。
学習とは本来、ある程度の「苦労」や「葛藤」を伴うプロセスそのものです。効率化によって浮いた時間を、さらに深く、さらに楽しく「思索し、遊ぶ」ために使う。これこそが、AI時代の贅沢であり、人間らしさの回復です。
LPDA(ラーニングプロセスデザイン協会)の活動を通じて、私たちはまさにこの、今はまだ見えにくい「学びのプロセス」に光を当てようとしています。表面的な結果や一律のテキスト(言葉)だけにとらわれるのではなく、一人ひとりの試行錯誤のプロセスと、その背景にある豊かな文脈(コンテキスト)を何よりも大切にする文化。それらをテクノロジーと共に人間中心の視点で優しく支えていく文化を、これからの新しい人財育成のスタンダードとして、これからの日本の多くの企業に根付かせていきたいと強く願っています。
■ 参考文献・参考資料
・遊びと人間 ロジェ・カイヨワ 講談社学術文庫(1990)
・コンテキスト・リーダーシップ 山口周 光文社新書(2026)
・レイヴ&ウェンガー、状況に埋め込まれた学習、産業図書 (1993)
・フロー体験とグッドビジネス チクセントミハイ M. 世界思想社(2008)
・一般社団法人ラーニングプロセスデザイン協会(LPDA)公式解説資料「見えない学びのプロセスの可視化について」
■ インタビュアー紹介

山道 弘道(一般社団法人ラーニングプロセスデザイン協会 事務局 特別会員)
MBA,国家資格キャリアコンサルタント 素材メーカーで日本、アジア、欧米拠点で、グローバルの視座から製造、開発、経営マネジメント、またCoE組織の企画、設計開発、立ち上げ、運営にも携わり、多種多様な組織マネジメント経験を持つ。

岡村 幸路(一般社団法人ラーニングプロセスデザイン協会 特別会員)
教授システム学修士。リクルートでの営業・企画、一般社団法人立ち上げ、グローバル研修のローカライズ経験を持つ。現在はサンライトヒューマンTDMCにて、成果に繋がる行動変容に向け、捉えにくい実践の価値や、理想の実践の輪郭を見極めるアプローチでお客様の現場にフィットした再現性の高いコンテンツ開発を担う。
